チョン・ウソン 10asiaロングインタビュー

10月6日付け 10asia掲載のチョン・ウソンロングインタビュー。
日付的には『剣雨江湖:コムウカンホ』メディア向け試写が終わった後、ということなので、前日の10月5日あたりの話です。

久しぶりのチョイ長インタビューなので、その他の話題は置いといて、ホカホカのうちに〜

http://10.asiae.co.kr/Articles/new_view.htm?sec=news13&a_id=2010100608160315809
<男という自我を失わない俳優として歳を重ねたいと思う>
我が国の俳優たちをインタビューとしての能力で順列したらどうなるか? 議論される俳優たちが一人二人ではないがチョン・ウソンは確かに先頭グループを形成するだろう。彼との対話は封切りを控えた映画 <コムウカンホ>やこの間行って来たベニス映画祭など当面の話題にだけ集中されなかった。彼が取り出しておく返事たちはチョン・ウソンを取り囲んで起ることではなく、チョン・ウソンという人の中に立ち入った考えを追うようにした。彼は観相(観賞)よりは傾聴に相応しい人だ。 ただ眺めるだけしても嬉しいチョン・ウソンの美しさが彼が提示した哲学によって光を失う危機の瞬間, 本当のチョン・ウソンに会ったようだった.





10:ただいま <コムウカンホ>のマスコミ試写が終わった. 国内には初めて公開されたがもうベニス映画祭では一回お目見えしたりしたが.

チョン・ウソン: 私もベニスで完成された映画を初めに見たし, その場で特別な経験をした. 前に <ノムノムノム>でカンヌへ行った事はあったが <コムウカンホ>でベニスを尋ねたことはまた他の感じだった. <ノムノムノム>は私たちの映画に行ったんだが <コムウカンホ>は中国映画だから.
ちょうど試写をする日にジョン・ウー監督が生涯功労賞を受けてご一緒にしたが、誰がされたといっても韓国映画人もこんな時間をいつか持ったら良いという気がした. 唯一に韓国人でその席に共にできてぴりっとしたりしたし. 現地で <バラエティー>や <ハリウッドレポート>で多くの賛辞を受けたりしたが今は冷静に <コムウカンホ>が韓国観客たちにどんな楽しさを与えることができるか悩んで見なければならない重要な時点なみたいだ.


“スターとしての自覚はより良い姿で進むことができる開始点”

スチール

<コムウカンホ>でチョン・ウソンはコミックとアクションメローを出入りする多様な姿を見せてくれる.

10:<コムウカンホ>には案外、意外な楽しみたちがあったよ. 特にジアンは初初しいと言える位に典型的な武侠映画の男主人公とは非常に違った. 前半部ではコミックを, 後半部ではメローとアクションを担当するのにアクション俳優の面貌のみならずメロー俳優としての長所たちがたくさん目立ったよ.

チョン・ウソン: それほどに感じてくれたら意図しようとしたキャラクターを完成しきったようだ. (笑い)
映画の前半部には ‘ジアンが一体どんなキャラクターだと, あんな姿で現われるか’ と思う程疑問なはずだ. ジアンは純粋ながらも愛に臆病なしに近付くのだが、時にはにかんだりする人だ.
しかし同時に ‘チョン・ウソンがああしたことだけしようとして出てきてはいないでしょうに’ という気がするわけで. そうするうちに後半部には反転のキーを握って復讐を夢見る男の姿までずっと見せてくれることができたことがおもしろかった. ベニスで初めに見ながらもよく表現されたようで気に入った.

10:中国の武侠映画に出演する位、もちろん中国語や剣術は基本だが予想したよりも中国語せりふがとても自然だ. 刀を利用したアクションも上手で.

チョン・ウソン: 中国俳優がせりふを録音したことを映画撮影の前からずっと繰り返して入った. そのまませりふを覚えるのではなく言葉が持った意味を熟知しながら. 特に第 2外国語を学ぶのに一番良いことは愛だって言わないか? (笑い)
ミシェルヨーとメローラインがあったから感情演技しながら自然に中国語を習うことができた.
剣術みたいな場合は撮影がない時もスタジオに遊びに行っていつも刀を振り回して通ってヨーも刀をおくことができなかったと言っていたよ.
中国の剣術は韓国と違いすべての動作の終わりに指 2個を節度あるように集めて立てるのに, それが一番難しかった. 私の一人の指だけ終わりにVを描いているし. (笑い)

10:そんな努力おかげなのか映画を演出したジョン・ウー監督はあなたから “全盛期時代のチョウユンファの姿を見た”と言うほどにほめたてていたよ.

チョン・ウソン: 監督様は初めに <私の頭の中の消しゴム>を見て私に対して好感を持つようになったと言う. その話を伝えて聞いて台湾映画祭で初めに会った. 多分ユンファの姿を見たとなさったのは私がユンファに似ているからではなく, 彼を初めて見た時感じた、監督として俳優をとろうと思うインスピレーションがチョン・ウソンという俳優を見ながらまたよみがえったためであることだろう.
そんな点のため私を高く評価してくれて, かわいがってくださる. (笑い) これからのプロジェクトがどんな形態でも間に本人が関与する映画には私を必ず参加させようとする意思も明らかにしてくださって. 私にはとても良い縁だ.

10:チョン・ウソンのスター性がそのようにますますもっと国際的で大きくなっている位自らに対する認識にも変化があるようだ. あなたは常にスターとしての自分に対してとても明確に認知しているし、それを遠慮なく話すでないか.

チョン・ウソン: スターとしての自覚は、ナルシシズムや ‘私は大したもんだ, 私この位のレベルだ’ こんなのではなく、もうちょっと優れた姿に行こうとする事が一番目段階の開始点になる.
こんな表現にしばしば使うのだが、本人が着て寝てする服と似合う服は違う. もちろん着たい服がよく似合うまでになればどんなに幸せだろうか?
俳優というイメージもそうするようだ. ある人はこんな服を着るように, こんな役をしたいのに、その俳優に似合うのは違ものであることがある.
ところで俳優が自分のイメージを捜す過程の中でさまざまな服を試着してみたという話だろう. そんな試行錯誤を経験しながら、私に似合う服は他の人達が似合うと言う服であることもあるね、と悟ったり。 もちろんその過程が無駄ではない。 多くの服を試着してみた人がおしゃれになることができることだから。
それとともに自分の長所, 「ポーション」を明確に分かった時もうちょっと私を発展させることができるきっかけが与えられる.
そんな時間を経験しながら大衆が私に願う姿, 私が俳優として大衆に位置している位置, こんなものなどを眺めるしかない.。俳優であると同時にスターの席は何人かにしか与えられない。演技派俳優たちは多様で個性ある演技でアピールすることができるので. 各自の長所が明確なのだ. これが一つがあり, 一つがないと言っても、それは短所ではなく持っている長所があまりにも明確だからそれを受け入れて収容した時大衆と疎通が円滑になるんだ.

“<ビート> の時の私の姿が一番美しかったようだ”

10:それなら今の大衆がチョン・ウソンに願うことは何だろう. 海外に出る時は ‘メード・イン・コリア’と書かれたTシャツを着せて送りたいと言うほどチョン・ウソンに期待するのは演技外的なことも大きい.

チョン・ウソン: ずっとこんな質問を受ける. “ハリウッドにはいつ進出するんです?” のような. もうちょっと大きい市場で私の活動を見ながら、代りに満足や通快さを感じたがる大衆の風みたいなのが感じられる.
彼らが私に対してそのように想像をしてくれるということはとても感謝するが私が思っている目的地, 私が行こうとするような行路があるからそれを短期間に満足させることはできないようだ.
そしてどうせハリウッドへ行くにはもうちょっと大きく, 長い間で私の領域を作ろうとする欲心があるから短い時間の内に何かで見せてあげたい気持ちはない.

10:そうしてみればチョン・ウソンという俳優は心忙しかった時がないようだ. 多作をする方でもなくて特定の目標に向かって競走馬のように走って行くスタイルでもない.

チョン・ウソン: 大きい絵を描くから、ゆっくり行っても私にはその速度が遅くない。ところでそれがどんな絵?とは易しく話せないようだ.
しかし海外に出て映画を一、二篇, 撮り始めるのなら以前の東洋俳優たちとは違うように行きたい. もちろんジャッキーチェンやジェットリーのように特殊な武術やアクションの巧手たちではなければハリウッドに進出することさえ難しいのが現実ではある.
ところが映画中で特定の少数民族を代表することに止めるよりは、重要なイメージや主題で登場することができるキャラクターでなければならないと思う.
ハリウッドへ行ったが映画一二本で終わることはあるか. あるいは一二編で終わっても、強烈なことで残るほうが良いんで.

10:強烈なことも良いがアクターとして一番美しい瞬間を映画で残してみたくはないか。<ノムノムノム>のトウォンのようにチョン・ウソンがビジュアルの極限を追い求める姿をもっと見たかったりする.

チョン・ウソン: それでこの頃 <おじさん:アジョシ>がすごく良い。今のように興行される前にさまざまな言葉を多くきいて見たが、一人でちょっと拍手を打つほど好きになった. ウォン・ビンというアクターがとても美しいんじゃないの。ストーリーと全然構わずにウォン・ビンが争って走る姿だけ見ても良いから. (笑い)
同時代を過ごす人として, 同じ俳優として韓国映画でアクターがあんな美しさを持つことができるということ, すごく素敵ではないか。もちろん演出も良かったし. 少少あやまちさえすると、多分に狭量で陳腐なストーリーになることもできたがよく解いて行きながら、一キャラクターに連れて行った、明確なことにウォン・ビンまで美しいなんて! ブラボーだ. (笑い)

10:それなら自分の一番美しかった瞬間の盛られた映画はどんなことと思うか.

チョン・ウソン: 感情としては <ビート> 時であったようだ. ミンの姿が洗練されてはいなかったが、どこかに行かなければならないかも知れない, 何を取らなければならないかも知れない孤独感みたいなものが当時青春の者たちに共有されたから賛辞があったようだ. その年代, 大人でもなくて青少年でもない時間の持つ情緒がとても大事だった. それをミンを通じて表現したかったし. それで映画を見た時人々が ‘その時その時間は孤独だが大切な事だった’と感じたらと思った.

<アテナ: 戦争の女神>は <美しい彼女> 以後十余年ぶりにするドラマだが撮影現場はどうなのか. チャ・スンウォン, チョン・ウソンのショットを期待する女性たちが多いが. (笑い)

チョン・ウソン: そうなんだ. (笑い) とにかく最善をつくしてはいる. スタッフたちも映画スタッフたちでレッド・インカメラで撮って、レンズもずっと入れ替りながらフィルムカメラで撮影するから映画現場と特に違う事はない.
ただ進行速度がとても早い. 膨大な分量を取って見るから不確信を持って演技しなければならない時が多い。もちろんアクションみたいなことは行為だからその状況ですれば良いのにドラマを演技する時は負担だ。このシーンを取って日本へ行って来て、次取ってこのようだから。 出て見るとどうなっているのか分かるようだ.


“自分の心をしきりに返り見るのが重要だ”

10:相変らず仏教哲学に凝っているか. この前インタビューでは仏教哲学が最大の関心事だったが最近関心が行く対象や話題が知りたい.

チョン・ウソン: とても多い。 (笑い)あれこれ多いがまだ捕まえているのは人生だ。 この頃話題は人生、良い暮らしをするということ、人生を成し遂げることに対することだ。 それに対する考えを継続する。

10:ところで生活人として日常の中でも考えのひもをいつも放さないことは容易ではないことだ。

チョン・ウソン:ところで詳しく見れば私たちはずっと絶えず考えている。 考えは止めない。 死んでも考えは魂中へ帰るようだ。 あまりに不思議ではないか?
私が朝を始める時それが何時にしても私の人生は、その時目を開いてまた夕方に目をとじる時終わって。 各自のそんな生が数千億個あるというのが不思議だ。それとともに私たちが会って, ふれあって, いくつかの面で共有されると同時にその共有が各自の立場に当たる理解で記憶になるということが.

10:そういうのを毎瞬間不思議だと感じるのは難しいようだ. 認識することができずに過ぎ去ってしまう時がもっと多いから.

チョン・ウソン: だから目覚めていろということだ。 人が目を開いていて話をする事は、目覚めているのではないから。(笑い)
自分の心を度々振り返ってみるのが重要なことでどんな一つの考えが席を占めてはいけないと考える。考えを落ち着くようにして確固にさせるということは、偏狭で偏食するという話だよ.
もちろんその中で良識という事はなくちゃならない. もちろん仏教哲学では分別するなと言うのを常に話している. 分別するのは断定するという事なんだ.
ここで私が話すのはそんな断定ではなく正しい判断だ. ところで実際はそれもするなと言う. (笑い)
そのままありのまますべて受け入れれば良いみたいだ. それで考えを置かないということは難しいながらもおもしろい. ずっとこんな風に話題の話題を開いて追い掛けてみると、私の心のドアがあくから.

<コムウカンホ>で一緒に演技したミシェルヨーに対して “自分が女であることを失わないで年入って行く俳優”と言ったがあなたはどんな俳優に年を取りたいか.

チョン・ウソン: 男という自我を失わないで老いること? (笑い) ところで男は年を取れば頭痛くなるようだ. 私は男なのでこういいながらずっと若い女に目送って. (笑い) 女が女として年を取るのと男が男として年を取るのはちょっと他のことみたいだ.
もちろん男は年を取りながらしわが素敵なことで表現になったりするが、特別にどんな準備をするよりはそのまま私が好きな運動して, 私が好きな哲学や考えたちをもっと丈夫に育て行けば良くないか?
年をよく食べるというの, きれいに老けるということは外貌をよく守るというよりは、年位周辺を一緒にすることができることを言うようだ. 私もそのようになろうと努力する過程中にあって. 努力するしかない.


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